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08
「ここはまだ平気みたいだね」
 廃校の中に花嶋蘭の明るい声が響いた。地図に目を通していた相澤祐也は、ああ、と軽く返事をした。
 朝の放送で聞いた死んだ人の中に梨花の名前はなかった。きっと宏典は気づかずに去ったのだろうと胸をなでおろしたが、祐也の誤解が解けたわけではなかった。
 放送が終わって数時間。本当に殺し合いが進んでいるのかと疑いたくなる程、穏やかだった。二人とも敢えてあまり”プログラム”の話はしなかったが、これからどうするべきかという漠然とした不安をぬぐい去ることは出来ない。
 もしこのまま、二人で生き残ったとしたら──。
 考えに詰まり、祐也は首を振った。二人で殺し合うのは嫌だ。かといって二人で自殺なんて、もっと嫌だ。
 突然、外を眺めていた蘭が姿勢を低くした。
 どうした?
 目で合図すると、蘭は青い顔をして”誰かくる”と口を動かした。祐也はポケットからコルトガバメントを取り出すと、カーテンの隙間から外を見たが誰もいない。
 見間違いじゃないか?
「誰かいるんだろ? 二人……誰なんだ?」
 次の瞬間、一階の方から声が響いてきた。シン、と静まり返る校舎内。非常事態に気をとられかけたが、声を聴けばすぐに思い出せる 。菅原大輔の声に違いなかった。
 大輔は敦史と並んで祐也と仲が良かった。勉強もスポーツも平均的に出来る男で、背は祐也と同じくらい(百七十五くらい)で割と高かった。普段は無口なことが多いのだが、祐也や一部の友人とはよく話していた。
「信じられない!菅原だ、菅原が来たっ……!」
 大輔に会えたという思いでいっぱいになり、しゃがみこんでいた蘭の手を引いたが、それは動かない。祐也が怪訝そうに覗き込むと、蘭は怯えたように口を開いた。
「どうして菅原君、あたしたちが二人だって分かったの?」
 祐也は言葉に詰まった。そういえばそうだ。蘭が窓にいたのが見られていたとしても、祐也の姿は見ていないはずだ。信じたい気持ちと疑う気持ちが交錯する。唾を飲む音が緊張感を煽る。
「……相澤と、花嶋だ。手を上げて二階まで来てくれ」
 こんなことはしたくなかったけれど、万が一のことがあって死ぬのは自分だけではない。今は蘭が隣にいるのだ。心を鬼にして祐也は言った。
 「相澤?」と弾んだ声が聞こえ、古い校舎の中にぎいぎいと階段を登る足音が響いてきた。コルトガバメントを構えた先に、懐かしい大輔の姿が現れた。大輔は一瞬ぎょっとしたように目を大きくしたが、祐也の後ろで不安そうにしている蘭を見てなるほど、という表情を見せた。そのままゆっくり手をあげて、二人のいる教室に着いた。
「ボディチェックしろよ。ほら」
 大輔は自分からそう言って皮肉っぽく笑った。祐也は銃を蘭に渡すと、おそるおそる大輔の体に軽く触れた。何も隠し持っていないと分かると、手を下ろさせた。
「菅原君はどうしてあたしたちが二人だって分かったの?」
 蘭が訪ねると、大輔はポケットから四角い物体を出した。
「コレだ。首輪に反応して人が何処にいるのかわかるらしい」
 大輔の手の中には小型の簡易レーダーがあり、その画面には三つの丸いものが点滅していた。ふんふん、と二人は感心してうなずいていたが、そんな二人を交互に見比べて大輔が言った。
「それで二人はなんで一緒なんだ?」
 二人は目を丸くして顔を見合わせ、意味が分かった時に祐也が焦ったように言った(お前ら付き合ってたっけ? みたいな言い方しやがって!)。
「花嶋が俺を助けてくれたんだ。村田に襲われてた時に、ここまで連れてきてくれたんだ」
 それには大輔も驚いたようだったが、へえ、とだけ言って面白そうに笑っていた。
「お前、今までどこにいたんだ?」
 大輔は頷き、ぽつぽつと話しはじめた。
「俺はまず、分校から南の方へ行った。探知機に点が現れたんだが……こんな状況だろ? それが誰かまでは分からない以上、近付くのは危険だと思って離れた」
 祐也が頷くと、蘭も一緒に頷いた。確かに、誰もがやる気がないとは限らない。それは、分校を出てすぐに身を持って実感したのだ。
「どこか建物に移動しようと思って、ここまで来たんだ。声を掛けて正解だったな」
 大輔が短い髪に手を遣り、照れくさそうに笑んだ。それにつられて笑んだが、祐也は唐突にあることを思い出した。
 以前部活の帰りに敦史が”プログラム”の話をしてくれたことがあった。丁度その年に、神奈川県の学校が選ばれたから少し話題になったのだ。その時敦史は”良くできた最悪なゲームだ”と言っていた。当時はそんなことには興味はなかったし、実際自分達が選ばれるとは思っていなかったから軽く流していたが、なんだかその意味が今やっと分かったような気がした。
 例えこんな状況だとはいえ、菅原を疑ってしまった。
「ごめんな、菅原」
 大輔が顔を上げた。言葉の意味を理解してか、首を横に振った。
「仕方ないよ。立場が逆だったら、俺もきっとそうしてる」
 少し沈黙が落ちた。大輔が袖を引っ張り、腕時計を見た。
「もう十時だ。飯にしようか」
 三人はデイパックから支給されたパンを取り出した。もくもくと固いパンをかじりだす。
「住宅街がいくつかあるけど、なんか食料置いてないかな。これじゃ食べた気にならないよ」
 地図を引っぱり出して祐也がつぶやくと、隣にいた蘭がそれを覗き込んだ。
「でも、どこもここからじゃ遠いね」
 その通りだった。”廃校”なんて目立つ名前のわりには他の生徒もやってこないし、今のところ禁止エリアにはかかっていない。わざわざ危険を冒して移動するのはばからしいと思われた。
「ここが禁止エリアになったらそっち行ってみるか? でも遠いから、立ち寄るポイントも決めておかないとな」
 こんな状況なのに、大輔の言ったことは冷静で的確だった。祐也は感心していた。
「あとは広瀬に会えればいいんだけどな」
「うん。広瀬君、いたらきっと頼りになるね」
 蘭が窓の外を見た。続いて二人も窓へ目を遣ったが、敦史の姿はもちろんなかった。


【残り33人】


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