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07
 

 痛む体をよじって芽衣子は光太郎に近づいた。背中にボウガンが刺さり、撃たれていて瀕死の状態ではあったが、隣で倒れている光太郎が動かないことだけが頭を占領していた。光太郎は左胸のあたりを黒く染めてぜいぜいと呼吸していた。目の焦点が定まらず、呼吸のたびに口からは赤いものがごぼごぼと出ていた。どうやら心臓のすぐ近くを撃たれているようで、もう長いとは思えなかった。
「中村、一緒に逃げよう?」
 無理矢理抱き起こそうとしたが、光太郎の体は硬直しはじめていて重く、芽衣子もその上に重なるように倒れこんだ。倒れた時の衝撃で背中と腹部がひどく痛んだ。急にまぶたがとろんとしてきて、こんな状況にも関わらず学校でのことが思い出された。

 いつものように、光太郎はそこにいた。

 学校に来ているくせに部活には出ないことがあって、そんな時彼はよく屋上で寝ていたものだった。
 ある日の放課後、芽衣子は光太郎を探しに屋上にやってきた。もう部活の時間だというのに体育館に現れなかったからだ。勢い良くドアを開けたが、そこに光太郎の姿は無い。見つけたら怒鳴ってやろうと思っていた芽衣子はなんだか拍子抜けしたようにぼんやりと立ち尽くした。
「ちょっと、中村いないの?」
 返事は無かったが、そのかわり頭上から何かが降ってきて芽衣子の頭にぶつかった。
「いった」
 落下物を確認すると、”中村”とマジックで乱暴に書かれた靴が転がっている。反射的に見上げた先にはぶらんと垂れ下がった二本の足があった。頭をさすりながら階段を上り、貯水タンクに到着すると大の字になって寝ている光太郎を見つけた。足は無防備に投げ出されていて、片足は靴をはいていない。
 まったく、この、バカ!
 なんだか無性に腹が立ったけれど、無性にイタズラをしてやりたくなってにやりと顔をほころばせた。側に屈んで耳もとで囁く。
「お客さん、お客さん、終点ですよ!」
 かなり本物っぽく言ったのに光太郎は眉間にしわを寄せて寝返りをうつだけだった。もっといたずらしてやりたくなったが、あまりにも安らかな顔をしていた。
「こいつ普段は割とエラそうにしてるくせに、案外かわいいとこあるんじゃない」
 子供みたいな寝顔を見て芽衣子はふふ、と笑った。
 そして、髪を撫でてやるとくすぐったそうに目を開けて、芽衣子に気づくと真っ赤になって飛び起きた。
「わ……っと、何だよ! 居るなら居るって──」
「部活サボんないでよね、試合近いんだから。ホラ、サッサと立つ! それと、下に靴落としてたから履いて!」
 芽衣子に急き立てられて渋々階段を降りて行く。夕日に照らされた顔は少し赤かった。やる気なさそうに靴を足につっかけるのを見て、なんだか可笑しくなって芽衣子は含み笑いをした。
「何?」
「べっつに、何でも無い」
 不機嫌そうに階段を降りて行く光太郎の背中は、何だか大きく見えた。
 中一の時はあたしよりちっちゃかったのになあ。
 別に好きだというわけではなかったけど、自分しか知らない一面を知っていると思うと妙に心が弾んだ。
 今までどちらからもそういう素振りを見せたことはなかったけれど、とても近い存在だったことは確かだ。それに芽衣子はもともと男勝りな性格だったし、告白なんてガラじゃないと思っていた。

『私、好きな人、いるんだ』

 いつだったか、蘭が言った。そのはにかんだ笑顔が可愛くて、いじらしくて──羨ましくて。
 とても複雑な気持ちになったのを覚えている。
 あたしにはあんなに可愛らしい言葉は似あわない。せっかく秘密を教えてくれた蘭にさえ、恥ずかしくて、自分が女の子っぽく見られるのが恥ずかしくて。いつものふざけた勢いで流しちゃって。

『ねえ、めいちゃんの好きな人は?』

 もっと早く気づくべきだったな。あたしってツイてないや。
 苦笑いすると再び上半身を起こして、もう目を閉じている光太郎の髪を撫でた。こうすればまた目を開けて飛び起きるんじゃないかと思って。でも、光太郎はそのままだった。顔はまだ温かかったが、だんだん固くこわばってきているのが分かった。それでもあの日、屋上で見た寝顔にそっくりで安らかだった。死を前にしているにも関わらず、そんな実感は全くない。

 『芽衣子!』

 光太郎の声が、まだ鮮明に耳に残っている。
 初めて下の名前で呼ぶのに、こんなタイミング? やっぱりりこいつ、ほんとにロマンのかけらもない。
 けど。
 うれしかった。
 かばってくれた。
 助けようとしてくれた。
 あたしのこと、関じゃなくて、芽衣子って。

 そして芽衣子も、気がつくとまた光太郎の上にうつぶせていた。目を閉じて息を吸うと寒く、体の力まで吸われていくようだったが、最後にこれだけは言いたかった。
「光太郎」
 最後まで、守ろうとしてくれてありがとう。
 そう言いたかったけれど、そこで芽衣子の意識は途切れ、そのままずっと戻ることはなかった。
 日は少し高くなって、二人の亡骸を照らしていた。


【残り33人】


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