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06

 夜明け前、中村光太郎(男子14番)野中学(男子16番)が展望台に向かっていた時、そこには先に関芽衣子(女子11番)が隠れていた。

 芽衣子は自分では体力はけっこうある方だと思っていたし、部活のトレーニングでもバテたことがなかった。 しかし、一キロちょっともの距離を休むことなく駆けて来たために疲労困憊していた。渡されたデイパックの中には 五百ミリリットルのペットボトル二本とパンが少し、それと短刀が入っていた。

 これで三日過ごせっていうわけ? あーケチくさい。

 水は少ないぶん節約しなければならなかったが、走って来たために喉は完全に乾いていた。少しだけ、そう思って芽衣子はボトルのフタを開けると一口こくっと飲んだ。喉を鳴らした音が、辺りに響いているような気がして芽衣子の体はこわばった。
 周りの闇に人が潜んでいたら、と恐ろしい妄想にさいなまれて、屋根のある隅の方へ身を寄せた。簡単に作られたベンチの角に身を預けていると急にうとうとしてくる。こんな状況で寝られるなんて、なんて呑気なんだ。
 寝ちゃダメだ。寝たら、ダメ──。
 突然、ぼうっとする視界の隅に二つの影が突如現れて芽衣子は目を開けた。
「誰?」
 夜明け前だったので顔を確認することが出来ず、芽衣子はパニック状態に陥っていた。短剣が握られた手から、青白い光が反射した。
「中村と野中だ。悪い、おどかすつもりはなかったんだ。お前は誰だ?」
 中村と野中──。
 芽衣子は息をついて短刀を下ろした。光太郎と芽衣子は同じバスケ部だったので良く知っていたし、学もそこそこ仲が良かった。
「あたし、関だよ」
 二人も安心したように芽衣子の側に腰掛け、仲間になったのだ。


『おはようございます。担任の幸です。午前六時になりました。死んだ人の名前と禁止エリアを発表します』

 初日の朝が始まった。会場全体に設置されていると思われるスピーカーからは、その内容とは相反した明るく軽快な音楽が流れていた。

『死んだ順番です。女子21番渡部いずみ女子2番石渡麻衣子男子3番内田茂女子3番遠藤和実男子18番水木宏治13番常盤栄一。以上!
 続いて禁止エリア。七時からI=9、九時からB=4、十一時からF=2! ちゃんと忘れないように!』

 夜中に合流したばかりの三人はまだぎこちなく、初めての放送にももちろん戸惑った。そのまま放送の通りに生徒名をチェックする男子たちと、禁止エリアのメモを取るので精いっぱいだった芽衣子。ここは互いに持って分担して情報を共有するよりほかはない。

「近藤たちの班さ……」
 メモを終えたころ、光太郎がぽつりと漏らす。
「教室で何かメモを回しあってたのを見た。あれは多分、どこかで落ち合う約束だったんじゃないか」
 目線を上げ、学をしっかりと見つめる。
「俺は見てねえよ」
「ん。──近藤のグループのやつががまとめて死んだ。今生きてる近藤がやったって──そういう可能性はある、わけだよな?」
「そう、考えるのが、自然じゃねえの」
 学はそこで制服に包まれた両足を抱き寄せ、会話を強引にでも終わらせようとして、光太郎に背中を向けた。
 その姿を見送って、今度は光太郎の目が芽衣子をとらえた。
「関は?どうだった?ここに来るまでに誰かに会ったか?」
「あ……あたしは……」
 ここにきていきなり、光太郎の真剣な目に気圧された。
 まっすぐで真剣な目。いつものふざけているときのイタズラっぽい目ではない。もっともっと真剣な。
「誰も見てない。まっすぐここまで走ってきたの。学校の近くでじっとしてるの、怖かったから」
「そうだよな」
 思いがけず、優しい声。顔を上げた芽衣子は、今にも泣きそうな顔をしていたらしい。
「なんだよ、調子狂うな。泣かれたらなんていうか、やりにくいだろ?」
 バツの悪そうな表情と、いつもの言葉。芽衣子は思わず、我慢するのを忘れてぽろぽろ涙を流してしまった。
 光太郎が芽衣子の頬に手を伸ばす。瞳を閉じて触れられるのを待つようなまつ毛のあたりに手を伸ばし──光太郎の手が止まった。その時にはっと再び緊張感が生まれ、二人はお互いに体をそむけた。非日常の、ぎこちない動きで。
「ここ(D=4)は入ってないみたいだ」
 地図にペンを走らせていた学が突然つぶやく。その言葉に二人は救われたのかもしれない。学を囲むようにして、二人の身体が離れた。
「これから三人で交代で眠るってのはどうだ?」
 学が提案する。二人も同意した。
「あたし朝少し寝られたし、最初に見張り役するよ」
「ずいぶん山の中歩いたんだろ? 女の方が体力少ないんだから、ためとけよ」
 ”女”ということで下に見られるのが嫌いな芽衣子だったが、それは純粋に学の優しさに思えた。

 良かった。いい友達と会えて。
 友達……?

「蘭、今どこにいるんだろう」
 芽衣子は一番の友達のことを思い浮かべていた。教室の外に消えて行ったのを最後に、蘭には会っていない。蘭が自分から積極的に誰かを殺していくとは思えない。きっと、自分のようにどこかで震えているかもしれない。一番初めに怯えながら教室から出ていく姿が思い出される。
「花嶋か。きっと会えるだろ」
 学はちょっと無愛想な返事をしたけれど、芽衣子は嬉しそうに頷いた。
 光太郎は既に木に寄り掛かって眠たそうにしていたが、思い出したようにデイパックを引き寄せた。
「俺の武器はこれだった。多分この中で一番役に立つだろうから、見張りの奴が持つことにしよう」
 渡されたのはボウガンだった。学はそれを受け取ると黙ってうなずいた。ちなみに学の武器はハリセンだったのだ。冗談キツイよ、幸先生。
 光太郎と芽衣子は同じ木の前後に寄りかかって寝ることにした。芽衣子は自分のデイパックを枕代わりにすると、そっと光太郎を盗み見た。こちらに背を向けたまま、首を上下に動かして眠る穏やかな姿。それを見つめてからしばらくして、芽衣子もゆっくりまぶたを閉じた。

 それから何分たったのだろうか。ヒュンッという風を切るような音が聞こえて芽衣子は飛び起きた。目の前の寄りかかっていた木に、ボウガンの矢が刺さっていた。振り向くと、学がこちらに”それ”を向けて立っていた。
 恐怖のあまり声がかすれて出なくなっていて、弱々しい息だけがひゅうっと喉を通る。学は不気味な笑みを浮かべたまま、ボウガンを下げようとはしない。隣で眠っていた光太郎も異変に気がつき目を開けた。
「お前なんのつもりだよ?」
 学を刺激しないようにゆっくりと、光太郎はかばうように芽衣子の前に移動した。芽衣子はわけが分からず、光太郎の肩につかまって震えるしかなかった。
「バカじゃないか? ホントはな、こんなのよりこっちが欲しかったんだ」
 学はハリセンで交互に二人を叩く。ガタガタと震えながらも学は引き攣った笑みを浮かべている。その手はボウガンの引き金にかかったままだ。
「あ、あたし達を気づかってくれたんじゃ……」
 芽衣子が信じられない、といったふうに声を出すと、学は吹き出した。
「騙されやがって! 女を助ける振りするのがな、一番効率いいんだよ! 簡単に気を許したお前らの負けだ」
 光太郎は怒りのあまりぎりっと歯ぎしりをしたが、どうすることも出来ない。
 ふいに木の上にとまっていたらしい小鳥がチチッと鳴き、学はそれに反応するように振り向いた。その一瞬を逃さず芽衣子はポケットに入れておいた短刀を出すと、学に向かって投げつけた。見事学の顔面にヒットし、かけていたメガネがかしゃんと落ちた。それを見計らって光太郎は芽衣子の手をとって走り出した。早くここから離れなければならない、早く。
「きゃあっ」
 少し遅れてボウガンの引き金が引かれて、芽衣子は背中に矢を生やしていた。その衝撃でつんのめりそうになった芽衣子の手を光太郎は構わず引っぱった。
「芽衣子! 止まるな、走れ!」
 痛みと同時に走る違和感。ごく自然に呼ばれた名前に、芽衣子は握り返す手の力を強めた。
 歪んだ笑みを浮かべたまま、学はもう一度だけ引き金を引こうとしたが、バン、という音が破裂する方が先だった。学の目はどこかぼうっとしていて、自分が今どうなっているのか分からない様子だった。それもそうだろう。その瞬間に学の首と胴体は離れていたのだから。
 ちょうど首輪の上を撃たれた学の頭は鈍い音をたてながら、展望台の階段を下って行く。
 階段の下から顔を出した高橋彩子(女子12番)は、落ちてきた首を避けるように階段を上がると頭をなくした学に近寄り、 がっちり握られていたボウガンを剥ぎとった。そして思い出したように、既に小さく見える光太郎と芽衣子に向けて二、三回引き金を引いた。
 スミスアンドウエスンの煙の向こうで、光太郎と芽衣子が倒れるのを見届けて、彩子は満足げに微笑んだ。


【残り35人】    


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