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05
 

 まだ青い実をつけている柿の木の下に、紺野美咲(女子8番)は腰を下ろしていた。
「……良かった、誰も来ない」
 思わずひとりごちる。
 木の下に潜んでいたせいで、髪には枯葉がつもっていた。ようやく気力を振り絞って、葉を神経質そうにぱっぱと払う。
 美咲の家庭は豊かだった。確かにお嬢様風ででわがままなところもあったが、頭はかなり働く方で勘も鋭かった。本人は”お嬢様”扱いされるのを嫌っていたが、仕草や言葉使い、すこしウェーブがかった長い髪なんかはまるきり”お嬢様”そのものだった。
 まったく、なんであたしがこんな所でこんなバカらしいことしてなきゃいけないの! ああ、早く帰りたい。
 内心”プログラム”の恐怖に滅入ってはいたが、こんなところで正気を失って発狂するのは彼女のプライドが許さなかった。今は、気持ちを強く持つしかない。
 ここがずっと禁止エリアにならなければ、あたしは家に帰れるのだろうか? でもその時は、他の人がみんな死んじゃったってことよね。ちょっとそれは、いい気はしないけど。

 外見の美しさとツンとした顔立ち、独り歩きした”お嬢様”というレッテルのおかげで、美咲には友人らしい友人がいなかった。たまに中立派のグループが声をかけてくれる程度で。本当はそれでも嬉しかったのだ。でもまだ、きちんと感謝の言葉を述べたことはなかったかもしれない。
 こんな事態に陥って、うわべの友達と合流したところで何になるだろう。美咲はその境遇や容姿などから、他人に妬まれるようななことだってたくさんあった。教室での友達の少なさを嘆いているのではない。親友と呼べるような人がいない中で、誰かと出会えたとしても、そこでいい目を見る可能性は低いと考えておいたほうがいいだろう。大勢の人の中の、あっさり殺せるリストに自分はきっと入っていてもおかしくない……。


 考えをめぐらせているうちに月が高く昇ってきた。暗い果樹園に光が射して木々が黒い輪郭を浮かび上がらせた。月は少し欠けてはいたが大きくて美しい。家からも今、同じような月が見えているのかもしれない。同じ国にいるというのに(幸はここが島だと言っていたが、まさか海外ではないだろう)そこはもう二度と戻れない場所のように思われて、美咲は膝を抱えてうずくまった。
 嫌。嫌。嫌。帰りたい!
 急にガサガサと草を踏み分ける音がして美咲は頭を上げた。音から察するにこちらに近づいてきているらしい。男子だろうか? 数人が話しながらこちらに向かってきている。
 冗談じゃない。せっかくいい場所見つけたのに。
 美咲は音をたてないようにそっと腰を上げ、デイパックを担ぐと隣の草むらに隠れようと足を前に出したが、 息を飲んだ時には既に遅く、枯れ葉を踏んだ音があたりに響いた。
 こちらに向かっていた”誰か”もその音に反応して息を潜めているようだ。
 まずい、まずい、まずい!
 美咲はパニックになりかけていた。ここで止まっているべきか、それとも素早く草むらに隠れるべきか。
「誰だ?」
 静寂を破るように声を出したのは水木宏治(男子18番)だった。暗闇に目を凝らすと、他に二人いるようだ。影から見て常盤栄一(男子13番)と西川周平(男子15番)だろう。この三人は近藤武正の取り巻きみたいな奴らで、典型的な不良だった。
「なんだ、お嬢サマじゃん」
 宏治は馴れ馴れしい感じで近寄ってきた。手には金属バットを持っていて、得意そうに肩をぽんぽんと叩いている。
 最悪だ。こんな奴らに絡まれるなんて!
 美咲は顔を顰めて後ずさりした。殺人が推奨されている異常な状況でこいつらが何をするか分かったものではない。三人は美咲の前に並ぶとにやにやと笑みを浮かべた。栄一はバタフライナイフ、周平は何も持っていないようだ。
「紺野の武器、何」
 真ん中に立っていた宏治が再び口を開いた。美咲は慌ててデイパックの中をかき回したが、なにか思いついたように手をとめると武器を握って前に出した。
「これよ」
 その手の中にあったのはHBの鉛筆だった。それを見るなり三人はどっと笑い出したが、美咲は不機嫌そうに汚いものでも見るかのような目で睨み返した。
「で、何よ?」
「俺らの武器のが強いわなぁ?」
「──何が言いたいわけ?」
「こっち来いよ」
 馴れ馴れしく手を掴もうとしてきた栄一の手を躱して美咲はまた少し後ろに下がった。
「さわんないでよ! 汚いわね。あんたら、あたしの武器の方が弱いから襲おうと思ってるんでしょ」
 初めから大体予想はついていた。この三人が武正とつるんで色々悪いことをしていたのは知っていたし、よその学校の女の子に乱暴したという話も聞いたことがある。
 あたしを襲おうなんて百年早いのよ!
「へえ。勘がいいじゃんお嬢様」
「ほんと最低。あんたらみたいな近藤の言うことしか聞けない、何も出来ない金魚のフンなんかにやられてたまるもんですか!」
 近藤の名前を出した途端、三人はピクリと反応した。ここまでこの不良グループに言えるのは美咲くらいだろう。勇気があるというよりは、世間知らずだが。
「てめえ、ふざけんなよ。女だからって容赦しねえぞ」
 カチッという音と共にバタフライナイフが目の前に突き出されたが、微かに眉を持ち上げただけで美咲は動じなかった。

 ……こんなところで、こんなやつらに、好き勝手に犯されて殺されてたまるか。
「それで? 早く刺してみなさいよ」
「言うこと聞いてこっち来い! 殺す前に用事があんだよ!」
「──用事? バカにするのもいい加減にして。そっちが引かないならあたしからいくわよ」
「エンピツでどーやって戦うんですかー?」
 下品に笑う三人を尻目に、美咲はもう一度デイパックに手を入れた。そして再び出されたその手にはトカレフが握られていて、三人は急に押し黙った。
「あたしの”本当の武器”、これなの」
 美咲の綺麗な顔は月に照らされていっそう白く、恐ろしい笑みをたたえていた。かつんと撃鉄を起こすとためらうことなく二回引いた。宏治と栄一は次々地面に倒れ、残された周平は腰を抜かして後ずさりしていた。
「あんたの武器は?」
 周平はぶるぶる震えながらポケットに手を入れると、メリケンサックを取り出した。
「こ、これ、これやるから、だからっ、許してくれよ……」
 泣きながら哀願する周平からそれを没収すると、美咲は肩に向けて発砲した。
「バカは頭冷やしなさい」
 周平は動物のような叫び声を上げ、肩を押さえながら地面をごろごろ転がっている。冷たく嘲笑いながらそれを見下ろしていた。美咲はこれが”慣れ”なんだな、と思った。
 あたしは狂ったのかもしれない。
 恐ろしいくらい冷静な自分がそこにいた。この異常な状況に慣れてしまった方が楽かもしれない。
 銃声を聞きつけた誰かがやってくることを想定して美咲は移動することにした。周平はあまりの激痛にまだ身をよじって唸っていたが、もうどうでも良かった。
 三人のデイパックから使えそうな物を物色すると、美咲はそのまま林に消えて行った。


【残り36人】


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