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04
 教室に残っているクラスメイトは僅かになり、広瀬敦史(男子17番)は最後である自分の順番を待っていた。教室には出発を待つ緊張感と生々しい血の匂いが充満していて(あたりまえだ、つい数分前に射殺された出来たての死体が転がっている)、さすがの敦史も軽い目眩を憶えた。
 幸はいずみを殺したことなどもう何も気にしていない様子で、与えられた役割だけをこなすロボットのように淡々と生徒達を送りだしていた。豊島愛だけがずっと、いずみのそばに寄り添っている。愛の震える肩を、どうしてやることもできないのがもどかしくもあった。

 敦史は成績が目立っていいというわけではなかったが、知識の広さはそこいらの大人よりも優れていると自負している。少し伸ばした赤茶色の髪と、釣り目気味のはっきりとした瞳。おちゃらけた雰囲気と剣道の時の真剣な姿のギャップからか、女子にはよくもてた(それについて淳史自身ははあまり興味を示さなかったが)。
 相澤祐也と菅原大輔とは二年の時から同じクラスになり、何かと気が合った。
 ──相澤。
 出発前の祐也の顔を思い浮かべた。緊張に引き攣った顔。敦史が笑ってみせたら少し表情が弛んだ(敦史が笑ったのもほとんど虚勢を張っていたのだが)。
 あいつは出てからどこへ行っただろうか。菅原や花嶋と合流したりはしていないだろうか。想像するだけで、何もできないのが歯がゆい。

 順番を待ちながら苛々しだした。貧乏揺すりで机の脚がカタカタ揺れている。中尾朝子(女子15番)が怯え切った顔で敦史の方を向いた。いつものほほんとした雰囲気の朝子とは、普段の教室でなら目が合えば雑談くらいはしただろう。しかし、この時ばかりはお互いに言葉が出てこない。厚みのあるおさげを揺らし、朝子は前に向き直った。ほんの数秒にも満たないこのやりとりが、なんだかとても気まずくて、淳史は無意識に自分の膝の揺れを押さえた。
 耳の奥には先程聞こえた音がまだ残っている。間違いなく、銃声だ。音はかなり近く、遠藤和実が出るほんの少し前に起こった。
 ”やる気”のやつがいる。
 教室中に緊張が走った。
 相澤祐也が出発してからそう時間は経っていなかった。銃弾によって倒れたのは、その祐也である可能性もあるのだ。
 敦史はただ待っているのがもどかしく、腿を握りこぶしで叩いた。落ち着きがないのは前からの事だが、こんな時は更に落ち着いてなどいられない。幸の視線を感じたが、構わずに体のあちこちを叩いてみたり、脚を組み直したりを繰り返した。

 ようやく中野絵里(女子16番)が扉の外に消え、敦史の番がやってきた。
「次、最後か。男子十七番広瀬敦史君」
 兵士に囲まれながら、幸はやれやれという風に敦史の方を見た。気に食わなかったので、半ば強引にデイパックを奪うようにして受け取った。敦史が扉から出ようとした時だった。
「頑張りなさいよ」
 一瞬耳を疑って振り向いたが、幸のその顔に優しさはなく、下品な笑みが浮かんでいる。
 なるほど。そういうわけか。
 敦史はすぐにその言葉の意味に気付いた。この”プログラム”実行の際、政府の連中が誰が優勝するか賭けを行っているらしいと聞いたことがある。幸は敦史に”賭けた”、のかもしれない。
 向き直ると、同じように皮肉な笑みを返す。
「アンタは俺に賭けたってわけか。俺が優勝するんじゃないかって?」
 こいつが賭けに勝って大儲けするくらいなら、死んでやったほうがマシだな。
「すいぶんこのゲームに詳しいじゃない。やっぱりあんたに賭けておいて、先生正解だったわ。私が儲けるのが嫌で、自殺するような馬鹿じゃないことぐらい分かってるからね」
 敦史の考えを見透かすように笑うと、手だけで行きなさい、と合図をした。
 クソ。
 敦史は目を細めるとそのまま一気に廊下を駆けた。気に食わない。あのオトコオンナ、今度会ったら脳天から竹刀食らわせてやる。ぶっ叩いたら次は突きだ。待ったなし。
 とりあえず前へ足を進めていくと、たった一つだけの扉が目に入った。
 これは──出口がひとつしかないってのは危険過ぎやしないか?
 敦史はしばらく考えて、先に武器を確認したほうが良さそうだと判断した。デイパックの中を探るととごつごつとした感触が手に与えられる。出てきたのは手榴弾だった。まあまあだ、と敦史は思った。本当は剣道部の彼には、棒状のものの方が扱いやすかったのだけれど。
 武器は当たりの部類だろうが、何せ手榴弾なんて使った経験がない。これはあくまでも保険ということにして、使いやすい棒きれやナイフをどこかで手に入れたほうが賢いだろう。
 外から襲ってくるであろう敵に備え、敦史は上体を低くして素早く花壇の脇に身を潜めた。手入れされていない雑草の間から校庭の様子を伺うと、人が何人か倒れているようであった。手前の石渡麻衣子の無惨な死体に、敦史は思わず目を背けた。
 数分前に生きていたはずの和実は静かな顔で横たわっている。襲撃者の姿はもうない。死体をちゃんとした場所へ運んでやりたかったが、今はそんな余裕はなかった。心の中で彼らに手を合わせると、敦史は足早に校舎の裏側へ進んで行った。辺りを見回すが、相澤祐也や菅原大輔の姿はなかった。
 きっとほとんどのクラスメイトは分校の正面へ向かっていったに違いないが、まずは落ち着くために一旦身を隠したい。そして、この状況をいかに脱するか考えたかった。

 誰か他のやつと会えないだろうか? 相澤とか、菅原はどこに行ったんだ?
 二人の顔を交互に思い浮かべる。
 この二人に限っては、心から信頼できる。祐也自身は地味にやっているつもりだろうが、クラスでの評判はなかなか良い。穏やかでなんでも器用に出来るやつだ。大輔はあまりみんなと一緒にはしゃぐタイプではないが、真面目で軸がぶれることがない。二人ともなんだかんだいってお人よしだから、自らクラスメイトを襲うことはないだろう。むしろ誰かを助けることに奔走するかもしれない。そのお人よしが命取りになる可能性が一番の心配だが──。

 考えをめぐらせながら林の奥に進んで行くが、あたりは恐ろしい程静かで、たまに虫の鳴き声が聞こえるくらいだ。目当ての二人どころか、クラスメイト達はみんな各々どこかに隠れてしまったようだ。
 月明かりの下、腕時計に視線を落とす。分校が禁止エリアになる時間が近づいていた。


【残り38人】


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